一世 開基
智廣院日教上人(東日教)
正中山奥之院中興
大本山法華経寺131世加歴

旧姓松本。
伊賀忍術の流れを汲む東上人のもとで幼少より修業。
身延山にて修学。身延弁天堂を創設。
法華経の祈祷行者として名声を得ました。

二世 開創
行証院日延大法尼(小入羽日延)

尼さん。
正中山奥の院・身延弁天堂等にて無言の行、断食、滝行などの荒行を行い感応を磨きました。
熱湯祈祷の創始者。
慈悲深く自身には厳しい初代住職。

三世 加歴
智應院日才上人(小入羽日才)

お上人さん。
法華経・日蓮聖人御遺文の索引を集成されました。
鷲峯山の山号額、題目碑を揮毫されています。
開山上人。

四世 現在
    要行院日俊(高橋俊隆)
昭和27年生まれ。昭和44年に日延法尼のもとに得度。大本山法華経寺にて修業し、定時制船橋高校に通う。昭和48年に日蓮宗と合同復帰し札幌に帰り南高校に通う。寺務のため道立有朋高校通信教育にて卒業。妙覚寺東京出張所に勤めながら立正大学二部宗学科を卒業し、日蓮教学研究所宗費研究生として同大学院文学研究科博士課程修了。昭和56年に大荒行初行、昭和59年に再行入堂。昭和63年住職就任。権僧正。勧学院嗣学。
歴代御遺物
一世 智廣院日教上人


























































二世 行証院日延大法尼

  
  
  
  昭和28年2月
  身延辨天堂にて
  断食行中の1万遍
  題目写経






  昭和29年1月8日
  身延辨天堂にて
  二度目の断食行中に
  写経された『撰法華経』

























 精竜の滝
 別院道場



三世 智應院日才上人


























四世 高橋俊隆




        
   日延大法尼が在家のとき授与された御本尊



        御染筆の曼荼羅本尊(納骨堂)

       
   「根深ければ枝繁し、源遠ければ流れ長し」 


  



      

 





          
          御染筆の曼荼羅


   
          御染筆の山号額


日蓮宗宗費研究生として立正大学日蓮教学研究所にて指導を受け、同大学院博士後期課程に故助教授糸久宝賢氏と進みましたが師僧の寺を継ぐことになりました。
専攻は純粋日蓮教学で特に釈尊観を課題にしています。
日蓮聖人の教学は法華経に依ります。
その法華経は釈尊の本意を説かれた教えと受け止められます。
そこから法華経の寿量品を中心として本仏・本尊・題目などの教えが展開します。
また法華経は現実に起こることを説いているとして、法華経の行者を意識されます。
そこには釈尊と日蓮聖人の師弟関係では捉えきれないドラマを感じます。
現在にいかに日蓮聖人の教学を伝え、尚且つ一番大事な信仰を勧めるかを生涯の課題にしています。
                              合掌


『日蓮教学とその周辺』
(立正大学日蓮教学研究所)所収


『印度学仏教学研究第28号巻第1号』


『日蓮教学研究所紀要(第6号)』
(立正大学日蓮教学研究所)所収


『日蓮教学研究所紀要(第7号)』
(立正大学日蓮教学研究所)所収


『日蓮教学研究所紀要(第8号)』
(立正大学日蓮教学研究所)所収

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『日蓮聖人の歩みと教え』
 第一部 誕生から立教開宗まで
  平成22年10月1日 発行
『日蓮聖人の歩みと教え』
 第二部 鎌倉進出から竜口首座まで
  平成23年3月12日 発行

      

『日蓮聖人の歩みと教え』
 第三部 佐渡配流から鎌倉退出まで
  平成24年2月10日 発行

『日蓮聖人の歩みと教え』
 第四部 身延入山と七面山信仰
 ー道教・神道・陰陽道・修験道との関連ー
 (第62回伊勢神宮式年遷宮にあたり)
   平成25年11月1日発行

      
        平成26年10月奉額

『日蓮聖人の出自と系譜』
   平成27年8月22日発行
   ―平成33年 日蓮聖人ご降誕800年―

『日蓮聖人の歩みと教え』
 第五部 草庵完成から『下山御消息』まで
   平成27年11月11日発行

『日蓮聖人の歩みと教え<鎌倉期>』
  鎌倉弘教の真意を幕府と仏教界を視座に考察
   平成28年4月1日 山喜房佛書林 発行

『日蓮聖人の歩みと教え<佐渡期>』
  本門教学を発信した経緯と信徒の動向を考察
   平成28年5月1日 山喜房佛書林 発行