・四四歳　文永二年　一二六五年

○蓮城寺（旭市）・清隆寺（那須）・妙金寺（宇都宮）巡教 

　一月六日、幕府は六波羅探題に、延暦寺・園城寺の紛争について議定させています。三月五日に幕府は鎌倉市中の町屋（市店）区域を七カ所に定め、散居を禁じています。四月七日には延暦寺の衆徒が武装（帯杖）したり、博打をすること、俗体の従僕を禁じます。閏四月二日、朝廷は箱崎宮に隷属し雑役などを行った下級神職・寄人である神人（じにん）の入京を停止します。

この年の春、母に挨拶をすませ、那須に湯治をかねて出立したと言います。おもな行程を想定してみます。（『高祖年譜攷異』・小川泰堂居士『日蓮大士真実伝』をもとに）。

千葉県旭市塙の蓮城寺（海上郡鼻和、蓮乗寺）―四月、栃木県（下野）那須の星家にて湯治（藤原山清隆寺）―宇都宮仲町君島氏の（妙金寺）―茂原―興津（妙覚寺）―小湊―天津（日澄寺）―清澄寺

海上郡鼻和（千葉県旭市塙）の真言宗の寺を改宗させたとあります。このときの住持は弟子となって日正と名のります。そして、蓮乗寺と改称します。正元元（一二五九）年に改宗し、蓮妙院日正上人が開基となります。そのあと、茨城県（常陸）筑波山の麓を通り、四月一三日前に、かなり遠方の栃木県（野州）那須温泉（那須野）にて湯治します。那須野温泉の湯治について、遺文に根拠がないので伝説といいます。（高橋智遍著『（『日蓮聖人小伝』三四四頁）。

ここから約六キロ離れた原野に、五尺ほどの大井石があったので首題を墨書したといいます。『高祖年譜攷異』には、「初食仏」と地元の人がいい伝えていることと、日蓮聖人が滅後して四一年目の、元亨二（一三二二）年の説があると記しています。現在、湯本に喰初寺がありますが、もと東京の池上村にあったのを明治三〇年ころに移転したとあります。『日蓮宗寺院大鑑』三一五頁）。さらに歩を進め、塩屋郡の藤原に寄ります。現在の栃木県で、塩谷郡藤原（ふじはら）町は日光市になります。鬼怒川地区とよばれ、鬼怒川温泉・川治温泉などが有名です。ここの、里主が星（里正）治郎助です。治郎助は日蓮聖人を自邸に招き帰依します。このとき七〇歳といい、ここに、寺を建てたのが藤原山（宝塔山）清隆寺です。文永二年の創立となっています。

そして、宇都宮市仲町へ戻り、君島氏の邸を宿とします。ここの老母、妙金が信徒となり、日蓮聖人が授与された曼荼羅から光が発せられ、「夜光の本尊」として伝わったといいます。文永二年の創立で、のちに、日印上人が法光山妙金寺を創ります。開基は妙金大信尼（放光院妙金日耀）、開基檀越は君島綱胤の母といいます。

また、宇都宮の城主、下野守景綱の姉も信徒となり、妙正と名のります。のちの、文永一一年に大通に長宮山妙正寺を創建します。開山は日蓮聖人、開基檀越は宇都宮公綱の姉、文永二年の創立となっています。（『日蓮宗寺院大鑑』三一一頁）。妙勝という老婆も帰依したと伝えています。

宇都宮頼綱は鎌倉幕府の草創に活躍し、北関東の有力な御家人でした。また、安貞法然野元（一二二七）年六月二二日に比叡山の衆徒により、東山大谷の法然墓地が破却されたとき、警護にあたり遺骨を他所に移している人物です。宇都宮一族と法然門下のかかわりは深いといいます。（堤禎子著「中世前期の茨城県北部における浄土教的世界」『鎌倉仏教の様相』所収二一九頁）。嫡男の泰綱（下野前司）は正嘉二年に放生会に参加していることから、鎌倉に在住していたと思われます。泰綱の子息が景綱（下野四郎）と経綱（下野七郎）です。（秋山哲雄著『北条氏権力と都市鎌倉』一〇七頁、『都市鎌倉の中世史』三八頁）。宮景綱はのちに引付衆になります。また、千葉県白井市の秋元勝光は宇都宮氏の一族で、景綱・秋元氏はともに蒙古来襲のとき九州防備に就いています。（石川修道著『現代宗教研究』第四〇号四九八頁）。また、石川修道先生は、同書に福島日偉師の『茨城の教線を行く・上巻』に、鏡忍房が後鳥羽天皇父子に三代に仕えた北面の武士で、福島県白河の白河八郎という人物であるという文章を紹介し、この指摘によるならば、日蓮聖人の身代わりとなって殉難された鏡忍房の故郷に訪れるはずとのべています。

　さて、鎌倉では、六月三日に安達義景の一三回忌があり、無量寺の隆弁が導師をしています。法要中に大風大雨にあい本堂の梁が挫け、参列者の多くが即死したとあります。また、、亀が谷の山も崩れ落ちたとあります。この巡教のときに、南條七郎が死去した知らせが届きます。三月八日に死去した知らせを知った日蓮聖人は、即座に返書を認めます。それが、七月一一日付けの『上野殿後家尼御返事』です。

○南条七郎死去『上野殿後家尼御返事』（三九）

日因（一六八五〜一七六六年）の『新田南条両家事』によると、三月八日に南条兵衛七郎が病没したとあります。七月一一日付けの『上野殿後家尼御返事』に、故南条兵衛七郎は「法華経の行者たる日蓮が檀那」（三二九頁）であるから、霊山浄土にて即身成仏しているので、嘆かないようにと諭しています。本書に、「法華経誹謗の悪知識たる法然・弘法をたのみ、阿弥陀経・大日経等」と、真言批判があることから、文永一一年ともいわれています。また、お供物を供養されているということから、このとき日蓮聖人が宇都宮地方を巡教しているとすれば、系年を文永一一年の身延在山中といえます。のちに、南条氏の臨終のようすについて、

「其上、殿はをさな（幼少）くをはしき。故親父は武士なりしかども、あながちに法華経を尊給しかば、臨終正念なりけるよしうけ給き。其親の跡をつがせ給て、又此経を御信用あれば、故聖霊いかに草のかげにても喜びおぼすらん。あわれいき（活）てをはさば、いかにうれしかるべき。此経を持人々は他人なれども同霊山へまいりあはせ給也。いかにいはんや故聖霊も殿も同法華経を信させ給へば、同ところに生させ給べし」（八三六頁）

 と、南条氏は日蓮聖人の教えを信じ、臨終のときは身心ともに安らかに眠られたと聞いています。そのときに、霊山浄土に参詣していることを、教えられていたことがうかがえます。いつのことか不明とされますが（文永三年）、日蓮聖人は故南条氏の墓前に参じていることを、身延に入ってからの文永一一年七月『上野殿御返事』（八一九頁）に見えます。同一二年一月『春之祝御書』（八五九頁）には、

「さては故なんでうどの（南条殿）はひさしき事には候はざりしかども、よろづ事にふれてなつかしき心ありしかば、をろかならずをもひしに、よわい盛んなりしに、はかなかりし事、わかれかなしかりしかば、わざとかまくら（鎌倉）よりうちくだかり、御はか(墓)をば見候ぬ」

と、のべているように、鎌倉在住のときに墓参していることがわかります。高木豊先生はこの文永二年ころに駿河の南条氏を弔問をされ、この折に岩本実相寺に立ち寄り、日興上人をはじめとする弟子をつくったと推察しています。（『日蓮の生涯と思想』九六頁所収）。また、この年に鎌倉に帰ったとするのは、南条氏弔問の道中であったためと思われます。（『日蓮宗事典』）。しかし、春に海上郡、四月に那須、そして、宇都宮巡教、このとき、佐久間氏から使者が迎えにきて、興津に直行されます。ここの釈迦堂の説法と、日向・日保・日家上人が得度されます。そして、一一月は天津の工藤家、一二月の末に清澄寺に入り、明けて文永三年一月六日に、清澄寺にて『法華題目抄』を認めており、あわせて、小松原法難から一年も経たないのですから、怪我の養生をされたことを考えますと、この年に駿河に向かったとはいえないと思われます。ゆえに、本書を文永一一年の項にして、後述します。文永二年とされる著述に、つぎの遺文があります。

□『薬王品得意鈔』（四一）

『薬王品得意鈔』は弘安三年説があり巻末の数紙が散逸しています。宛先は南条時光の妻、大学三郎の妻、また、領家の尼（山川智応著『日蓮聖人伝十講』上巻三四八頁）の説がありますが不明です。薬王品は方便品等の八品と寿量品を修行すべき流通段にあたり、法華経の勝れたことを十喩に示すなかの、大海・須弥山・月・日の四喩をあげています。

大海の喩をもって法華経は五逆謗法の者を救い、須弥山の喩をもって法華経の即身成仏が勝れるとし、月の喩をもって法華経は末法に利生があるとし、日の喩をもって本門寿量品の久遠実成により得脱できるとして、法華経の超勝性を示し、「如渡得船」と「如貧得宝」を引き、法華経は大船であり宝山であると示して、法体と法用が共に諸経に超越することをのべています。宗門史のなかで勝劣派は、日・月・星の喩から『三光鈔』として本勝迹劣を立てています。

後半は「女人往生成仏段」として、薬王品の阿弥陀仏安楽世界往生についてのべますが、提婆達多品の五障三従と、爾前経では女人の得道は許されなかったことをあげ末文は欠失しています。本書は女人の成仏は法華経だけのことであり、薬王品の弥陀は浄土教の弥陀とは違うことを教えます。また、その弥陀の安楽浄土には、法華経の教えを護り、法華経の説の通りに修行することによって往生できると説いています。しかし、「還迹帯権」といって、流通段における方便の施説という解釈があります。

□『女人往生鈔』（四二）

『女人往生鈔』は建長五年五月、文永九年ともいわれ、『録内御書』には『祈祷鈔奥』、日諦目次には『祈祷鈔後記』とあり、文永九年の『祈祷鈔』の後続として、関連されてきました。女人成仏は法華経の経力によることを、「第七の巻」（薬王品弥陀安楽浄土の文）を引き説明しています。一切衆生の皆が成仏できる「種」がそなわっているが、釈尊は「有仏性」・「無仏性」の二つを説いたことをあげます。

「但仏説より事起て、小乗大乗・権大乗・実大乗・顕教・密教と申名目新たに出来せり。一切衆生には皆成仏すべき種備はれり。雖然小乗経には此義を不説顕。されば仏我ととかせ給経なれども、諸大乗経には多く小乗経を嫌へり。又諸大乗経にも法華已前の四十余年の諸大乗経には、一切衆生に多分仏性の義をば許せども、又一類の衆生には無仏性の義を説給へり」（三四四頁）

一代仏教において小乗教には「仏性」を説かず、大乗教においても一類の者に「仏性」を許していないが、法華経はそれらを「未顕真実」として全ての者に成仏を認めたとして、「後五百歳」が説かれる薬王品(二箇所)と、勧発品(三箇所)の文をあげ、とくに、薬王品の二箇所目の女人成仏についてのべていきます。女人成仏は提婆品に説かれていますが、「後五百歳」の末法を視座に女人を指して成仏を説くところに特徴があります。

「後五百歳の女人の法華経を持て、大通智勝仏の第九の王子阿弥陀如来の浄土、久遠実成の釈迦如来の分身の阿弥陀の本門同居の浄土に往生すべき様を説かれたり」（三四五頁）

と、末代の女人は法華経を受持することが肝要とし、弥陀については化城諭品に「西方に二仏、一を阿弥陀と名づけ二を度一切世間苦悩と名づく」の、大通仏の第九王子が弥陀であり、弥陀は大通仏の法華覆講により成仏し、薬王品においてはその浄土を安楽世界と説いています。化城諭品は寿量品の久遠実成が説かれる前の迹門の説示であり、また、開権顕実された薬王品の弥陀は、釈尊の分身仏としての弥陀であるから釈尊と同じ同居の浄土に往生するとのべています。重ねて、

「後五百歳の南閻浮堤の女人、法華経を一字一点も信じ行ぜば、本時同居の安楽世界に往生すべしと（中略）末法の始めの女人は殊に諂曲なるべき故に、諸経の力及ぶべからず、諸仏の力も又不可及、但法華経の力のみ及び給べき故に、後五百歳の女人とは説かれたる也。されば当世の女人は法華経を離ては往生不可協（かなわず）也」（三四七〜三四九頁）

と、法華経の経力によって女人成仏するとのべ、つづいて本鈔には、双観経と善導の観念法門は、弥陀の本願によって命終のときに女身が男子となって往生すると説くが、薬王品の十喩では、川流江河・衆星のように小さな経力によるものであり、後五百歳の末法に女人が弥陀の願力により成仏を求めるのは、大石を小船に乗せ大鎧を弱兵に着せるようなものとして、法華経の超勝を示しています。この当時は観経の弥陀と法華経の弥陀の相違についての質問があったと思われます。

○興津佐久間氏

さて、八月一七日に相模武蔵に大地震があります。一〇月のはじめ、宇都宮市の君島氏のもとに滞留していた日蓮聖人のもとに、上総夷隅郡奥津（千葉県興津）の城主、佐久間重貞の家来である、星名五郎氏が尋ねてきます。佐久間重貞が領内にある新築した釈迦堂に招いたのです。（田中智学著『大国聖日蓮上人』二六七頁）。重貞は釈迦像を安置して日夜、香華を供養していた篤信の者でした。日蓮聖人の法華経の教えを伝え聞き、悲母蘇生の噂があり、日蓮聖人を招待し教えを乞うたのです。そして、興津に帰った日蓮聖人は、一〇月一五〜二五日の間、説法をします。このときに、一門が改宗し重貞の七歳の子供長寿麿と、重貞の同じ七歳の弟の竹寿麿が、釈迦堂にて得度します。竹寿麿は経寿麿、父を重保という説があります。

竹寿麿は寂日房日家と名のり、長寿麿は帥法師日保と名のります。中老一八人（一二人）のうちに加わります。ここに、建立されたのが広栄山妙覚寺です。（『日蓮宗の本山めぐり』）。のちの、房州法蓮寺の開山日澄上人、滑川大聖寺の開山日明上人、妙覚寺第五世の日恵上人、誕生寺第四世の日静上人、同五世の日承上人は、日家上人の兄弟、日保上人の俗叔にあたります。

　ところで、佐久間氏と日蓮聖人の父貫名重忠氏とは繋がりがあるといいます。重貞の弟、竹寿麿は、生まれてすぐに、貫名重忠の養子となっています。（ウィキペディアフリー百科事典より）。また、山川智応氏は池田本覚寺に所蔵されている「御遺物帳」の古写本に「寂日御房」と、「御」の尊称が記載されていることから、『寂日房御書』の内容と照らし合わせて、日蓮聖人の父母の姻戚ではないかと推測しています。また、山川智応氏は竹寿麿の実年齢はもっと高いといいます。弘安二年の『寂日房御書』の存在を第一の理由とし、「御遺物配分帳」・「臨番帳」に寂日房とあることから、他の中老僧よりも高齢とみます。（山川智応著『日蓮聖人伝十講』上巻三四六頁）。

竹寿麿・長寿麿は正嘉二（一二五八）年の生まれで、竹寿麿は延慶三（一三一〇）年、五八歳の寂となっています。長寿麿の帥法師日保上人は貞和三（一三四七）年、八三歳の寂となっています。注目することは、上総佐久間氏と日蓮聖人の関係は、師檀よりも血族的に深かった、ということです。それも、貫名重忠の名前からもうかがえますが、男金実信の妻は佐久間重貞の妹です。その後、重貞も出家して日圓と名のります。周知のように、重貞の弟日家上人は、片海の日蓮聖人の生家に、奥津城主佐久間重保公の外護を受けて、高光山日蓮誕生寺を建立したのです。興津の妙覚寺も、かつては、誕生寺とおなじく、徳川家から一〇万石の格式を与えられていました。

佐久間家は、桓武平氏になります。三浦義明の三男である義春の四男・家村が、安房国狭隈郷（鋸南町下佐久間〜上佐久間）に住み、地名から佐久間と称します。その養子である朝盛（和田義盛の孫）は、鎌倉幕府に仕えていましたが、「和田義盛の乱」に敗れ、越後国奥山荘（新潟県胎内市）に逃れます。その子家盛が「承久の乱」の功績により、上総国夷隅郡（千葉県勝浦市、御宿町）などを恩賞として賜り、そこに子孫が定住します。上総佐久間氏は、佐久間家盛の子、佐久間重吉（？〜一二六四年）が、勝浦市興津に土着したのが始まりとされます。正嘉二（一二五八）年に佐久間重吉と重貞が、興津に奥津要害城を築城します。このとき佐久間重吉は兵庫頭の官職を賜ります。日蓮聖人が興津に帰ったころ、日向上人も貫名重忠が叔父であること、なにより、母が佐久間重貞の妹ですから、叔父のいる興津に来ていたことと思われます。このころ、日向上人が入門したと思われます。

○日向上人

建長五（一二五三）年二月一六日に、房州男金（おがね）の小林実長（民部実信『本化別頭仏祖統紀』。土御門帝の衛兵とあります）の子として生まれます。母は上総興津の佐久間兵庫の妹です。とうじの慣習として猶子にはいり、小林治武少輔藤原為遠ともいいます。（『御書略註』）。

祖父の実信（信実とする伝があります）は北面の武士で、日蓮聖人の父、貫名重忠らと共に上総の国藻原の郷に流されました。（元久元年に伊勢平氏と面反したため、また、同族の所領争いによるため、総の上州垣生郡藻原に放たれる）。実信は赦免されて京都へ帰ります。その子実長は、房州男金（鴨川市和泉）に移り、佐久間兵庫の妹を娶り、日向を生んだといいます。幼名を祖父の名前にちなんで民部（みんぶ）といい、日蓮聖人の父親である貫名重忠と通家となります。（『本化別頭仏祖統紀』）。

日向上人は幼少のころ、布を結んで袈裟とし、貝を貫いて念珠とし、合掌して三宝の名を称えたといい、父親はこれを嫌いますが、病弱となったため、父母は清澄寺虚空蔵菩薩に病気平癒を祈願します。そして、一〇歳のとき比叡山の高乗院主の弟子となり、民部卿と名のります。民部阿闍梨という呼称はこれによります。

伊豆流罪をゆるされた日蓮聖人は、文永元年に母の元にきて病気を治します。そして、安房で布教しているときに、日蓮聖人の教えを聞いた父実長は感服し、一三歳の民部を日蓮聖人の弟子としました。このとき、日向上人と名のります。

　　　　　佐久間重吉―――重貞――――――――長寿麿（帥法師日保上人）
・・・・・（養子）―――――竹寿麿（寂日房日家上人）

　　　　　　　　　　　　　（奥津・勝浦市興津）

　　配流　（片海）　　　―佐久間兵庫の妹（妙向）

　　　　―兄貫名重忠　　　　　｜―――――――民部日向上人

―弟実信―――――小林実長（妙信）

　　　　　（藻原）　　　　（男金・鴨川市和泉）

　日向上人は「論議第一」といわれる学解をもち、かつ、日蓮聖人とともに佐渡にわたり、行学に励んでいます。六老僧の一人として佐渡公・佐渡房、また、佐渡阿闍梨といわれるのはこのためです。身延に隠栖した日蓮聖のもとにあっては、日蓮聖人にかわり遠方の弟子と信徒聖人とのあいだをつなぐ書状や図録を持参して、日蓮聖人の教えを伝えています。天津の光日尼から子供の弥四郎が死去した知らせが入ると、すぐに返事をされ慰めています。『光日房御書』

「されば故弥四郎殿は、設悪人なりともうめる母、釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらはば、争か彼人うかばざるべき。いかにいわうや、彼人は法華経を信じたりしかば、をやをみちびく身とぞなられて候らん。法華経を信ずる人は、かまへてかまへて法華経のかたきををそれさせ給へ。念仏者と持斉と真言師と、一切南無妙法蓮華経と申さざらん者をば、いかに法華経をよむとも法華経のかたきとしろしめすべし。かたきをしらねばかたきにたぼら（誑）かされ候ぞ。あはれあはれけさんに入てくわしく申候はばや。又、これよりそれへわたり候三位房・佐渡公等に、たびごとにこのふみ（文）をよませてきこしめすべし。又、この御文をば明慧房にあづけ（預）させ給べし」（一一六〇頁）

また、建治二年ころに、宗論があるという内内の情報があり、日蓮聖人は弟子たちを各方面につかわして、経典などの蒐集をしていました。道善房が死去したのは、この建治二年のことで、このとき日向上人は駿河方面の寺院をめぐって経典を探索していました。『報恩抄』を書きあげた日蓮聖人は、日向上人の帰りをまって七月の末に清澄寺へ向かわせています。この『報恩抄』を、道善房の墓前にて拝読することだけではなく、この「随分大事」（一二五一頁）な内容を清澄寺の修徒や信徒に教える役目をもっていました。つまり、日向上人をとくに遣わした理由は、この大事な法門を日蓮聖人から教わり、それを伝授することができたということです。さらに、この法門が外部にもれることを注意していることから、教えるべき相手を知悉でなければならなかったのです。

　弘安二年には熱原の竜泉寺に遣わされており、また、日蓮聖人の講義を筆録した『金綱集』十巻を著しています。身延第三世の法灯をつぎ、藻原の城主、斉藤兼綱が妙光寺を建ててむかえ、のち、弟子の丹波公日秀上人を後継とされました。

　さて、日蓮聖人は興津の佐久間氏のところから、小湊の実家に母を尋ねます。どこから帰省されたかは別として、帰省の理由として一年前の一一月一一日に起きた東条松原の大路で、東条景信の襲撃に討ち死にした弟子の一周忌を悼むためといいます。（『日蓮の生涯と思想』冠賢一。三一頁）。そして、一二月の末には清澄寺に入り越年されます。ただし、昭和三七（一九六二）年一一月三日に、中山法華経寺の聖教殿が開扉されたときに、日蓮聖人の自筆の写本（一二〇数枚の紙背文書）が発見されました。これは富木氏が不要になった文書を日蓮聖人の雑記用紙として提供したもので、宝治二（一二四八）年から、文永二（一二六五）年にいたる文書でした。これにより、文永二年に若宮の富木氏のもとにおられたと推測できます。しかし、文書がただちに廃棄されたものなのか、一年以上を過ぎて不必要になったとすれば、文永二年には富木氏からの文書は渡されていない証拠となりましょう。いずれにしましても、日蓮聖人と弟子たちは、この時期に経典などの要文を集中的に書写していたことと、日蓮聖人の教学の講義を徹底的に伝授していたと思われます。この年に、日蓮聖人が清澄寺に入ることができた理由は、『報恩抄』に、

「但一の冥加には景信と円智・実城とがさきにゆきしこそ、一のたすかりとはをもへども、彼等は法華経の十羅刹のせめをかほりてはやく失ぬ」（一二三九頁）

と、東条景信につづき、清澄寺の実力者であった、別当の円智（高木豊著『日蓮攷』三二四頁)・実城房の二人が死去したことでした。この三人は法華経の信仰者を守護すると誓った、十羅刹女の責めにより死去したとのべています。一〇月二五日、時頼の三回忌があり道隆が導師を勤めています。一二月四日の夜に、彗星が出現します。文永元年のときよりも広大な彗星で七十余度起きたといいます。一二月に藤原為家が『続古今和歌集』を撰上します。