14.長者と子供のたとえ

 譬喩品にて釈尊と大衆の関係を三車火宅という喩えで、導く者と救われた者との関係で説かれました。
 それに感動したお弟子さんが語ったのが信解品(しんげ)です。
 そのなかで、長者と子供のたとえで釈尊と大衆の関係を述べています。
 もとは長者の子供であったのが幼いときに家を出て、その後流浪し自分が誰なのかも忘れてしまうほど落ちぶれてしまいます。その子供がたまたま長者の家をみて恐る恐る通り過ぎようとしている姿を長者が見つけます。長者は使いに子供を家に入れるようにしますが、すっかり卑賎になった子供は逃げてしまいます。長者は家の庭掃除や雑用の仕事をすすめて、自身も共に働きます。数年を過ぎ子供は重要な仕事ができるようになり、長者も最後には幼い時に家を出た自分の子供であることを明かし財産を相続させたという話です
 この喩えは私たち大衆は困窮した卑しい身分の者であった(二乗)と思っていた。しかし、本当は長者と同じくなれる(仏)という喜びをたとえています。法華経の前半のテーマである二乗作仏をここでも「長者と窮子」(ちょうじゃぐうじ)の喩えで説いていました。

 十代弟子と呼ばれるお弟子さんたちは、譬喩品の教えを聞いて信解品にて感謝の言葉を述べられたのです。
 「世尊は大恩まします。稀有の事をもって私たちを憐み教化し利益したもう」

 今回の勉強会ではこの他に、日蓮聖人の兄弟のことや四条金吾の子孫について話しました。また東条景信(かげのぶ)の子孫についても、意外な事実を述べました。
 日蓮聖人が池上で亡くなり、通夜の枕辺に兄と弟の名前があります。日蓮聖人の涅槃図には必ずこの両名が描かれています。お寺に身延山よりいただいた涅槃図の複製がありますのでお見せいたします。

 次回は池上本門寺の池上氏や身延山の波木井(はきい)氏のことを勉強しようと思っています。盛岡の南部藩の由来は波木井(はきい)氏が領した山梨県南部町にあります。
                              H17.3.18 勉強会