223.道術の養生的部門                  高橋俊隆

養生的部門

養生的部門は前述したように、辟穀・服餌・調息・導引・房中の五つの分類があります。辟穀は仙人になるために五穀を断つこと、服餌は薬を服することです。辟穀・服餌などの養生はさきの十行仙に見られ、修験道にひきつづき行われてきたことがわかります。道教は呪術宗教の傾向が強いといえます。これは中国の古代からのさまざまな民間の信仰を基盤としているからです。神仙思想の不老不死、つまり、病気にならずに長生きをすることが大きな目的となっています。老子を教祖としたのは七世紀いごのことで自然宗教といわれています。現在の道士は元始天尊、一般の人は玉皇上帝を最高神としています。修験者にとっての理想として神仙思想があったといえましょう。(宮本袈裟雄著『里修験の研究』三五三頁)。また、呪術的な方法のほかに薬物療法が大きなウエートをもっています。たとえば、仙薬の特殊な効能は何時の時代にも求められました。奈良時代にどのような薬物が使われていたかは、正倉院に秘蔵されている六十種の薬物にうかがえます。これは、天平勝宝八(七五六)年に孝謙天皇・光明皇后が、聖武天皇の崩御七七の忌日に、東大寺の毘盧舎那仏に納めたものです。日本における最大の医書は平安時代の『医心方』といいます。永観二(九八四)年に丹波康頼によって編纂されました。(大塚敬節著『漢方と民間薬百科』三二一頁)。

草木や鉱石などの薬物については、先にあげた『山海経』の薬効物があります。『神農本草経』は神農氏の後人の作とされ、一般的には一~二世紀頃といわれます。中国最古の薬物学(本草学)書といわれており、個々の生薬の薬効について記載しています。原本は古くに散逸しており、陶弘景(四五二~五三六年)が五〇〇年頃に著した書物に引用したのをもとに、近世になってから復元本や注釈書がまとめられました。このなかに薬物を上品(一二〇種)・中品(一二〇種)・下品(一二五種)の薬効を三分類し、一年の日数に合わせた三六五種の薬物をあげているのが特徴です。上薬・中薬・下薬、あるいは、天・人・地ともいい用薬の基礎とされていました。上品は無毒で長期服用が可能な薬で、生命を養う「不老延年」(不老長寿)と、身体を軽くし元気を増す「軽身益気」の作用がある保険薬をいいます。朱砂・人参・甘草・地黄・柴胡・朮(じゅつ)・遠志(おんじ)・石斛(せっこく)・桂枝・竜骨・麝香・牛黄などを指します。朮はキク科の植物で焼いた煙に浴すれば邪気を払うといいます。京都祇園の八坂神社に大みそかから年頭にかけて、白朮火(おけらび)を受けて帰り、元旦の雑煮の火種にする行事があります。中品は使い方によっては毒にもなり得るものなので、適宜に配合する必要があります。体力を養う目的の薬で、病気を予防し虚弱な身体を強くする作用があります。保健薬と治病薬を兼ねます。石膏・生姜・葛根・当帰・麻黄・芍薬・貝母(ばいも)・淫羊藿(いんようかく)・牡丹皮・厚朴・鹿茸(ろくしょう)・犀角などを指します。下品は毒が強いので長期にわたる服用はよくない治病薬(治療薬)で、即効的な病気を治すために用いるとされています。完全な治療薬となります。附子(ぶし)・半夏・大黄・桔梗・夏枯草(かごそう)・桃仁・杏仁などを指します。(『原色和漢薬図鑑』上三四九頁)。

このように、薬物には仙薬とか秘薬とされたものがあります。それらは植物・動物のほかに、鉱物からも採取しますので錬金術と関連します。植物性としては根・根茎・果実・種子・全草・葉・花類・樹皮・茎・材類・樹脂・虫癭(ちゅうえい)類・藻・菌類などを指します。これらの薬用植物は特殊な有効成分をもちます。それは、植物脂肪油・植物揮発油(精油)、有毒性があるアルカロイド、配糖体にわたります。(森武宗著『薬用植物図鑑』二五頁)。動物性としては蛤蚧(ごうかい。ヤモリ)・水蛭(すいてつ)・地竜・望月砂(野兎子糞)・全蝎(ぜんかつ。サソリ)・鹿茸(ろくじょう)・白花蛇(びゃっかだ)・貝歯(ばいし。タカラガイ)・牡蠣(ぼれい)・鶏内金・庶虫・蝉退などがあります。鉱物性のなかで竜骨というのは動物(鹿か魚)の化石です。ほかに芒硝(ぼうしょう。天然の含水硫酸ナトリウム)・石膏(含水硫酸カルシウム鉱石)・朱砂(辰砂。丹砂。水銀鉱物の天然辰砂鉱石)・代赭石(酸化第二鉄)・寒水石(炭酸カルシウム塩類結晶の方解石)・禹余粮(うよりょう。褐鉄鉱)・滑石(加水ハロイサイト)・硫黄などがあります。中国の最古の地理物産書である『山海経(せんがいきょう)』(紀元前四〇〇~二五〇年)の「山経五書」は、時代の経過とともに完成した本書の中でも最も古く、しかも儒教的なものがないので原始山岳信仰の資料とされています。著者はの治水を助けた伯益とされますが、東周時期に河南省洛陽近郊を中心として多数の著者が書いたものといいます。また、薬物として各地の動物類二七〇余種植物類一五〇余種、鉱物類六〇余種の産物が記録されています。薬を服用するというのは元来、魔除けのため身に着けるという意味があったといいます。つまり、中国古来の医療は、はじめ呪術的なものから鍼灸療法、薬物療法という変遷があるといいます。ですから、本書の中には空想的なものや妖怪神々の神話も多く含まれるため奇書扱いされるわけです。日本へは平安時代に伝わったといいます。『山海経』の神々には、妖怪開明獣窮奇(キュウキ)・義和燭陰饕餮(トウテツ)・禺彊(グウキョウ)・句芒(クボウ)・祝融(シュクユウ)・蓐収(ジョクシュウ)・西王母女媧(ジョカ)などがあります。このうちの西王母の原形は、殷代甲骨文のなかにあらわれる「西母」です。これは尞礼(柴薪を燓く火祭り)の対象となる神で、一説では太陽を安息させ夜の平安を見守る婦人とされますが、戦国時代から漢代にかけての文献の中では、凶神で畏怖すべき神(『山海経』)、不老長寿の女神(『荘子』)、西方の一女王(『穆天子伝』)などの説があります。しだいに不死の霊力をもち道教の中では女神の第一者となり、東王父と結合して天上界の夫婦神としての地位をもちました。(『日本の古代』一二、杉本憲司稿、二八四頁)。これらと並行して様々な思想が入ってきたと思われます。中国の道教も山林修行を行います。泰山・雀山・華山・恒山・嵩山の五岳などで、目的は不老長寿の仙人をめざすものです。この神仙境を求めて修行したのが、吉野や葛城などでした。(宮家準著『修験道と日本宗教』四四頁)。