◎五五歳　建治二年　一二七六年

幕府は一月に蒙古軍の襲来にそなえ、時宗の異母弟の宗頼（一二五九〜七九年）を、長門・周防(すおう)の守護として警備の指揮をとらせます。長門探題のはじまりとなり北条一族が職をつぎます。

○宗論のきざし

正月頃に天台宗・真言宗の密教の宗徒が、日蓮聖人と法論をするとの話しが高まっていました。鎌倉在住の弟子たちの活動が活発に行なわれていた証左であると思います。公場対決は日蓮聖人が宿願として最も望まれたことでした。私的な法論においては勝敗の決着が不鮮明なことと、敗者側からすればそれを公にすることを隠匿することが多く、虚言をつかって、日蓮聖人が負けたと吹聴することが考えたからです。また、法論の目的が個人的な問題の解決ではなく、日蓮聖人においては国家的な問題とされていたので、「私の問答を退け」（四九七頁）という、公開の場を望んでいました。このことは、他に『大田殿許御書』（八五二頁）・『撰時抄』（一〇一三頁）・『報恩抄』（一二〇二頁。一二〇八頁）などに見えます。

　公場対決の風聞（うわさ）については、次の『清澄寺大衆中』にみられるように、日蓮聖人のもとにも届いており、これに備えて経典などを収集していました。公場対決の時期については、七月か八月頃に行なわれると思われていたといいます。『報恩抄送文』（一二五〇頁）に、宗論に備えて経論章疏を収集していること、そして、駿河に遣わしていた弟子が身延に帰っていたので、この弟子を清澄寺に遣わしたとのべています。『報恩抄送文』は七月二六日付けで書かれていますので、この時期は法論に期待していたことが窺えます。

しかし、公場対決は何らかの事情でそのままとなり、翌年を越えて弘安元年に再び宗論の噂が立つようになり、三月ころに行われるというところまでいきます。三月一九日に急遽、鎌倉の弟子から身延に宗論について知らされたのが、『諸人御返事』（一四七八頁）です。そして、日蓮宗側の代表として選任されたのが三位房でした。三位房は「桑が谷問答」に証明されるように学識の深い弟子でした。三位房から宗論にそなえての質疑が届き、これらの設問に教示されたのが『教行証御書』（一四七九頁）です。ところが、この宗論も実現しませんでした。三位房が迫害の怖さに逡巡したともいいます。この後の熱原法難に日興上人のもとに遣わされますが、『四条金吾殿御返事』（一六六八頁）によれば、これを機に離反し同年、夏の頃に病死するのです。 

□『清澄寺大衆中』（二〇五）

○真言師が蜂起

一月一一日、清澄寺の大衆に宛てたもので、真蹟一三紙一巻が身延に曾存していました。本書は日向上人と助阿闍梨を派遣して、虚空蔵菩薩の御宝前において大衆の前にて読み聞かせるように指示されています。

冒頭に清澄寺の大衆に新春の慶賀をのべ、某師が昨年は身延へ来なかった事情を問うています。身延へ来るときは伊勢公が持っている『十重心論』『秘蔵宝鑰』『二教論』などの真言の論疏を借りて登山するように依頼します。伊勢公は清澄寺の住僧と思われますが詳細は不明です。また、天台関係の『止観』の第一と第二巻、妙楽の弟子智度の『東春』（『法華経疏義纉』）、道暹の『輔正記』（『法華文句輔正記』）の借用を依頼しています。また、円智房の弟子の観智房（詳細は不明です）は、『宗要集』や多くの書物を持っていると聞いているので、直ぐ返す旨を話して借りて来て欲しいと依頼しています。

これは建治元年一二月二六日に、真言師の強仁より勘状が届き法論の動きがありました。日蓮聖人は真言師が蜂起する事態と察し、身延にはなかった論釈を揃えて公場対決の準備をされていたことが窺えます。この天台・真言宗の論釈の収集は『報恩鈔送文』に、

「此御房は又内内人の申候しは宗論やあらんずらんと申せしゆへに、十方にわか（分）て経論等を尋しゆへに、国国寺寺へ人をあまたつかはして候」（一二五〇頁）

とのべているように、各地に弟子を派遣して典籍を蒐集いたことでした。公場対決の風評ががあるので法論に備えるよう指示し、今年は特に「仏法の邪正」（一一三三頁）を糾すべき時であるとのべています。。

　某師に対し浄顕房・義浄房に伝えて欲しいとして、日蓮聖人が流罪になったのは、世間の罪を犯したためではないと前置きされ、清澄寺の虚空蔵菩薩に智者の誓願を立てたことにふれます。

「生身の虚空蔵菩薩より大智慧を給りし事ありき。日本第一の智者となし給へと申せし事を不便とや思食けん。明星の如なる大宝珠を給て右の袖にうけとり候し故に、一切経を見候しかば八宗並に一切経の勝劣粗是を知りぬ」（一一三三頁）

　つまり、虚空蔵菩薩より智慧の宝珠を授かり、その結果、法華経が最勝の経であることを知ったとのべ、虚空蔵菩薩に智者としての恩義があることをのべます。つまり、虚空蔵菩薩の恩義に報謝するという智者の責務があります。この文章から『平賀本』に『自虚空蔵菩薩宝珠御賜事』とされています。この智者の責務から法華経に敵対する最大の宗派は真言宗であることをのべます。それなのに、どこの寺でもその真言を取り入れていると指摘します。たとえば、法華経の修行に十八道という十八種の印契を用いて密教の行法をしたり、罪障を悔い改める法華懺法に阿弥陀経を加えたりしていること。天台宗が行うべき灌頂を真言宗が主としていることを挙げます。日蓮聖人の他宗批判の順序については先にもふれたように、当時の状況に応じ序分として、禅宗と念仏宗の誤りを最初に論じたことをのべます。一念三千を盗用して内実のない真言宗の邪義は亡国の原因となることを、

「仏を開眼するにも仏眼大日の印真言をもつて開眼供養するゆへに、日本国の木画の諸像皆無魂無眼の者となりぬ。結句は天魔入替て檀那をほろぼす仏像となりぬ。王法の尽んとするこれなり。此悪真言かまくら（鎌倉）に来て、又日本国をほろぼさんとす」（一一三三頁）

と、仏像などを開眼するときに真言宗で行なうために、天魔が入って日本国を滅ぼすことになるとのべ、この真言亡国を説いたならば命を奪われるであろうと、不惜身命の覚悟をもったことが分かります。これは、日蓮聖人の法華経（「三類の強敵」）の行者意識です。しかし、虚空蔵菩薩の報恩のため立教開宗したことにふれ、その後、二十余年の弘通にふれて、不軽軽毀の杖木と刀杖を対等としています。そして、日蓮聖人に対して過去の論師や大師に勝れる程ではないという批判の不審を払うために、自界叛逆・他国侵逼の予言をし、それが的中したならば真言宗・念仏の誤りを信ずるであろうと弘通してきたことをのべています。

○領家の尼の恩

　また、東条景信と領家の尼との清澄・二間寺の所有諍いや、清澄の房々の法師を念仏者の所従としたときに、本尊に起請を書いて祈願したことをのべます。これは清澄寺のなかには日蓮聖人を疎んでいた者がいて、父母や三宝のように敬うべきを、かえって蔑視していた者がいたと思われます。清澄寺にあっては恩人であり、虚空蔵菩薩も日蓮聖人を守護して捨て去ることはないとのべて、日蓮聖人を不審に思うものは諸天に捨てられ、後生には無間地獄に堕ちるとことが不便であるからと説示されます。

　そして、領家の尼は女人であり愚痴の者であるから、人々の言い嚇しに耐えられずに法華経を捨てたことは、釈尊の恩を忘れ無間地獄に堕ちることが不憫であるとします。領家の尼は日蓮聖人の父母や家族が世話になった人物でしたので、領家の尼の後生を救護されんことを祈っているとのべています。

「法華経と申御経は別の事も候はず。我は過去五百塵点劫より先の仏なり。又舎利弗等は未来に仏になるべしと。これを信ぜざらん者は無間地獄に堕べし。我のみかう申にはあらず、多宝仏も証明し、十方の諸仏も舌をいだしてかう候。地涌千界・文殊・観音・梵天・帝釈・日・月・四天・十羅刹、法華経の行者を守護し給はんと説れたり。されば仏になる道は別のやうなし。過去の事、未来の事を申あてて候がまことの法華経にては候なり」

と、法華経が尊いのは、「我は過去五百塵点劫より先の仏なり」という久遠実成を説いたこと。また、「舎利弗等は未来に仏になるべし」と、二乗作仏を説いたことであると分かりやすく教えます。そして、大事なことは法華不信こそが堕獄の原因であるということです。重ねて清澄寺の法師のなかに法華経を信じない不知恩の者は、蒙古が安房に責めてきたときに、始めて日蓮聖人の言葉が真実であったと気づくであろうとのべ、ただ堕獄することを不憫に思われています。清澄寺の中には批判的な者が多かったのでしょう。

　一月一六日に天台宗の道玄は、異国調伏のため押小路殿にて熾盛光法を始修しています。 

□『南條殿御返事』（二〇六）

○酒一筒

　一月一九日付けで時光に宛てています。『日興本』の写本が冨士大石寺に伝えられています。時光から初春の挨拶と、餅七十枚、酒一筒、芋一駄、河のり一袋、大根二把、山の芋七本などの供養が届けられています。芋を一駄というのは馬に負わせる荷物のことで、およそ三六貫を一駄といいます。

　日蓮聖人は時光からのいつもの供養に感謝し、懇切な心情はこれらの品々に現れていると感受します。勧発品の「所願不虚亦於現世得其福報」「当於現世得現果報」の文を引き、法華経の行者の祈願は必ず成就し、現世において幸せな果報を得ることを示します。また、天台の『法華文句』に「天子一言不虚」「法王不虚」の文を引き、天子の言葉に嘘言はない、仏には虚偽がないという文を示し、賢王は命を脅されても嘘は言わないとのべます。

釈尊は過去世に普明王であったとき、班足王に殺されそうになりましたが、布施の行が一つ残っていることを申したら帰国を許され、行を終えて班足王の館に戻ってきた故事をのべます。これは、不妄語戒を守るためでした。また、迦梨王のとき、真実の言葉が少ない人は、大妄語の罪で地獄に堕ちると説いたことを挙げます。法華経に釈尊は「要当説真実」と説き、多寶仏・十方諸仏も真実であることを証明したことをのべ、法華経に一本の花、わずかな香でも供養する功徳を説きます。あわせて、末法に法華経の行者が食物に飢え、迫害にあって苦しんでいるときに供養する功徳は、生きている仏を一劫という長い間、供養するよりも勝れているとのべます。

　さらに、法華経には「亦於現世得其福報」の勅宣、「当於今世得現果報」の鳳詔、つまり、現在の世に福報を得る、今世に果報を得ると説かれているので、慈父の精霊も釈尊の御前にいて悦ばれ、時光たちも現世に大きな果報を得るであろうとべています。

□『松野殿御消息』（二〇七）

○松野六�ｶ入道行易

　二月一七日付けで日持上人の父、駿河の松野六�ｶ入道に宛てています。日蓮聖人と松野氏の交流の初期の頃とされます。柑子一籠などを供養されたことの返礼の書状で、真蹟四紙断片が京都妙覚寺などに所蔵されています。

　　　　　　　　　　　　　　　　　行成　　　　　　　　――　鶴寿（姉　おもんす殿女房）

　　　　　　　　　　　　―六郎左衛門尉（蓮華寺）　　――七郎次郎時光

　　　　　　　行易　　　　　妻、松野殿女房　　　　　　　　妻、妙蓮

　　松野六郎左衛門――――上野尼御前―――――――

　　　妻（後家尼御前）　　　　夫、南条兵衛七郎　　　　　――蓮阿尼（姉）――――日目

　　　　　　　　　　　　―日持上人　　　　　　　　　　　夫、新田五郎重綱（大石ヶ原法華堂）

本書は駿河の松野の領主である、松野六郎左衛門行易に宛てています。松野の法蓮寺の『寺史』に、「初代の松野六郎左衛門行安は鎌倉の出身で、北条時政に仕え、左衛門尉となり順徳天皇の建保年間には京都で六位蔵人職に任ぜられている。この後この地の地頭職となり貞応の頃から当所（松野・小車の里）に住むようになった。その室が松野殿尼御前、二代六郎左衛門行易の室が松野殿女房と宗祖に呼ばれた人である。三代六郎左衛門行成は日持聖人の実兄に当たる」、とあります。

　薬王品の「薬王品云　衆星之中月天子最為第一。此法華経亦復如是於千万億種諸経法中最為照明」の文と、「有能受持是経典者亦復如是於一切衆生中亦為第一」の文を経証として、法華経が最大一であることと、法華経を信仰する者の勝れていることをのべます。これを説こうとすれば迫害が起き、法華経を信じない者は堕獄することは経文に明らかであるので、どうすべきか迷ったことをのべます。

釈尊は四二年の間、法華経を胸中に秘していたが、一切衆生のため七二才の時に始めて耆闍崛山にて説いたことを明かします。釈尊の滅後千四百年後に日本に伝わり、それから七百年ほど経ったことをのべます。それ以前には法華経を知る者がいなかったのです。その釈尊が秘中とした法華経は現前にあるのに、人々は念仏を唱え真言の祈祷に時を費やし、また、座禅や不殺生・不偸盗・不淫・不妄語・不飲酒の五戒に、立派な寝具や坐具でくつろがない、歌舞を見聞きしたり化粧や香水、宝飾品などで身を飾らない。非時（正午から日の出まで）の食を取らないという八斎戒（五戒と不坐臥高広大床戒・不著香華瓔珞香油塗身、不作唱技楽故往観聴戒・不過中食戒）を持つと言って、法華経を信仰する者はいないとのべます。

法華経を持っても南無妙法蓮華経と唱える者がいないので、如来の金言にしたがい「立教開宗」をしたと説明します。その後に経文の通り迫害を加えられたが退転なくきたことにたいし、これらは須頭檀王が千歳という長い間、阿私仙人に責めつかわれて給仕したことや、不軽菩薩の難、薬王菩薩は、仏を供養するために七万二千歳という長い間、臂を焼いたことを師範として、自己においても不退の行者意識をもったことを明かします。これほど難信難解な法華経の信仰であることを示して、在家でありいまだ見参したこともない松野氏が、日蓮聖人を信じていることは、過去の宿習であり来世も成仏が疑いがないとのべています。この時は松野氏との対面はなかったのです。世間から疎まれている日蓮聖人を信用していることを讃えたのです。そして、

「其上経文には鬼神の身に入る者は此の経を信ぜず、釈迦仏の御魂の入かはれる人は此の経を信ずと見へて候へば、水に月の影の入ぬれば水の清がごとく、御心の水に教主釈尊の月の影の入給ふ歟とたのもしく覚へ候」

と、悪鬼が入身している者は法華経を信仰することはなく、釈尊の魂が入りかわれる心の清い者こそが信仰できるという表現をして松野氏を褒めています。

つづいて、末法に法華経の行者を供養することの功徳を、法師品の「有人求仏道而於一劫中合掌在我前以無数偈讃。由是讃仏故得無量功徳。歎美持経者其福復過彼」の文を引き、一劫という長い間、釈尊を供養し奉るよりも、末法に上下万人に憎まれて餓死しそうな法華経の行者を供養する功徳は、これ以上に勝れているという経意をのべて、日蓮聖人を供養する功徳の大きいことをのべます。

「一劫と申は八万里なんど候はん青めの石を、やすりを以て無量劫が間する（磨）ともつきまじきを、梵天三銖の衣と申て、きはめてほそくうつくしきあまの羽衣を以て、三年に一度下てなづるに、なでつくしたるを一劫と申す。此間無量の財を以て供養しまいらせんよりも、濁世の法華経の行者を供養したらん功徳はまさるべきと申文也。此事、信じがたき事なれども、法華経はこれていに、をびただしく、まことしからぬ事どもあまたはんべり」（一一四一頁）

この経文のあとに「有供養者福過十号」の文があり、この「福過十号」の文は曼荼羅本尊の讃文にも添えられています。（御本尊第五三、弘安元年八月）。そして、法華不信の謗法堕獄の例として、無垢論師（世親の倶舎論に反駁し小乗をもって大乗を絶やそうと誓ったとき舌が五つに破れた）・崇法師（正法を謗じたため舌が爛れた）・三階禅師信行（法華経を信仰すると地獄に堕ちちると言ったため生きながら大蛇になった『撰時抄』一〇四〇頁）・徳一（伝教大師に敵対し法華謗法により舌が八つに裂けた）を挙げます。法華経の行者に危害を加えれば、諸天がその国にたいし怒りをなし他国侵逼を起こすことをのべ、阿育大王の故事（徳勝童子の土の餅供養）を引いて松野氏の菓子などの供養により、十羅刹女に守護されることをのべて、供養に感謝されています。

□『大井荘司入道御書』（二〇八）

　二月に大井氏より柿三本、酢一桶、茎立（くぐたち。野菜類の花のつく茎がのび出たもの）、土筆（つくし）が供養された礼状です。建治元年説（『境妙庵目録』）があります。一如院日重上人の写本『本満寺本』があります。大井荘司入道は現在の中巨摩郡大井村を中心とした荘園の荘司ですが、実名などは不明です。『本尊分与帳』によれば日興上人の弟子の寂日房日華の教化を受けた人で、妻や孫の肥前房も日華の弟子であったことが分かります。肥前房日伝は後に背反します。娘の甲斐国曽弥小五郎の妻は日興上人の弟子となっています。しかし、この娘は後に日興上人と離反し、大井氏の動向もこれ以後わからなくなっています。（『日蓮聖人遺文辞典』歴史篇一四〇頁）。大井庄司入道に宛てた書状は本書一通のみです。

○龍門の鯉

　中国の天台山に龍門という高さ百丈の滝があり流れも急で、これを登り龍となろうとする鯉の喩を挙げます。この龍文の滝を登ろうとすると、人は網をかけて捉えようとし、空からは鷲が狙い夜は虎や狼などが潜んでいるとして、仏道修行の厳しさを譬えます。成仏することも同じように難しいとのべています。これらは行者を悩ます三障四魔のことです。そして、、「有情輪廻生死六道」の文を引き、私たちは前世に様々な身として生まれ生死の輪廻を重ねて来たことを明かし、人間の命はいずれ尽きてしまうことをのべます。それならば、無駄に命を捨てずに、法華経のために不惜身命の覚悟をもって信心に励むならば、未来、無数刧という長い間の善根となると信心を勧めています。しかし、その後の消息は不明です。

○御本尊（三一）二月

　二月の年月が書かれた御本尊で、授与者は釈日与とあり、紙幅九六．七センチ、横五一．八センチ、三枚継ぎの御本尊です。尼崎の本興寺に所蔵されています。同月に『御本尊集目録』第三一から第三三までの三幅があり、日蓮聖人は御本尊を染筆されるときに、ある枚数をまとめて染筆していたことが窺えます。

文永年間の御本尊は署名と花押が左右に別々に書かれていましたが、建治に入りこの御本尊以降は接合し一体的に自署されるようになります。また、四天王が梵名で書かれており、梵語の場合、増長天王と広目天王の座配が入れ替わっています。

○御本尊（三二）二月

　日興上人の添え書きがあり、富士西山の河合入道の娘で高橋六郎入道の後家、持妙尼に日興上人が与えたとあります。『本尊分与帳』にこの持妙尼は日興上人の叔母であるので与えたことが記されています。（『宗全』第二巻一一五頁）。紙幅は縦九八．八センチ、横五一．八センチ、三枚継ぎの御本尊です。尼崎の本興寺に所蔵されています。

○御本尊（三三）二月

　通称「鉄炮御本尊」といい、北山の本門寺に所蔵されています。寺伝によれば天正一〇（一五八二）年二月、徳川家康が武田征伐のおりに陣中守護のために、十世の日出上人が家康に贈った御本尊で、武田軍の鉄砲の弾が日蓮聖人の花押の部分を貫通して、家康を守護したといわれています。家康は同年五月十日に御本尊を納め、朱印を寄進して外護したといいます。花押の一部が欠失しているのはこのためです。紙幅は縦九二．七センチ、横四六．四センチ、三枚継ぎの御本尊です。 

〇御本尊『日蓮聖人門下歴代大曼荼羅本尊集成』（九）

建治二年二月五日付けにて、西山本門寺に所蔵されています。本書（二五頁）の解説によりますと、縦九三�a、横四七�aです。首題の下に日興上人の自筆で、「懸本門寺可為万年重宝也。日興祖父河合入道申受之」とあり、西山本門寺の重宝となる本尊とされています。また、別筆にて「入道孫由比五郎入道所譲得也。大宅氏女嫡子犬法師譲与之」と添え書きがあります。（山中喜八著『日蓮聖人真蹟の世界』上。一〇〇頁）。

幕府は三月一〇日、九州の武士に筑前の筥崎と今津間の海岸に石塁を築くよう命じ、三月一五日に鎮西の将兵を博多に集結させています。