92.如来神力品~普賢菩薩行法経         高橋俊隆

◇ 如来神力品二十一

 神力品から勧発品までは付属流通分となります。本品とつぎの属累品は属累付属(流通)といいます。日蓮聖人の教学のなかで重要とする、「末法付属」が説かれています。

 本品のはじめに、地涌の菩薩は『法華経』を衆生のために説き、自身の修行とすることを釈尊に誓います。釈尊はこれを聞いて未曾有の十種の神力を現わします。そして、このような不思議な神力をもっても、『法華経』の功徳を説きつくすことはできないと、『法華経』を称讃したのです。

十神力とは、吐舌相(とぜつそう)・通身放光(つうしんほうこう)・謦欬(きようがい)・弾指(たんじ)・地六種動(じろくしゆどう)・普見大会(ふげんだいえ)・空中唱声(くうちゆうしようしよう)・咸皆帰命(げんかいきみよう)・遙散諸物(ようさんしよもつ)・通一仏土(つういちぶつど)をいいます。天台大師は『法華文句』に、「前の五神力は在世のため、後の五神力は滅後のため」と説いています。

さらに『法華経』の功徳を「四句要法」に結び、地涌の菩薩にたいし末法の弘通を命じます。この「四句要法」は、妙名・妙用・妙体・妙宗・妙教(皆於此経)の「五重玄義」といい、この要法を地涌の菩薩に付属したことから「結要付属」・「別付属」といいます。

そして、『法華経』が説かれるところは、すべて「四処道場」であることを説きます。「四処道場」とは、諸仏の降誕・成道・転法輪・入涅槃の道場をいいます。『法華経』を修行する者の所在するところは「即是道場」であることを示されました。

 日蓮聖人は本化上行菩薩の自覚を、神力品に基づいてのべ、妙法蓮華経の題目唱題を弘教される依拠とされています。すなわち、『観心本尊抄』に、つぎのようにのべています。

「此十神力以妙法蓮華経五字授与上行安立行浄行無辺行等四大菩薩。前五神力為在世 後五神力為滅後。雖爾再往論之一向為滅後也。故次下文云 以仏滅度後能持是経故諸仏皆歓喜現無量神力等」(七一八頁)

―主要経文―

「爾時仏告上行等菩薩大衆。諸仏神力如是無量無辺不可思議若我以是神力於無量無辺百千万億阿僧祇劫為嘱累故説此経功徳猶不能尽」(『開結』502頁)「称讃付属」

「以要言之如来一切所有之法、如来一切自在神力、如来一切秘要之蔵、如来一切甚深之事、皆於此経宣示顕説」(「結要付属」「五重玄義」)

「是故汝等於如来滅後応当一心受持読誦解説書写如説修行所在国土若有受持読誦解説書写如説修行若経巻所住之処若於園中若於林中若於樹下若於僧坊若白衣舎若在殿堂若山谷曠野是中皆応起塔供養」(「勧奨付属」)

「所以者何。当知是処即是道場諸仏於此得阿耨多羅三藐三菩提諸仏於此転於法輪諸仏於此而般涅槃」(「釈勧付属」「四処道場」)

「如日月光明能除諸幽冥斯人行世間能滅衆生闇教無量菩薩畢竟住一乗是故有智者聞此功徳利於我滅度後応受持斯経是人於仏道決定無有疑」(『開結』505頁)「五義判」「日蓮聖人の御名」

◇ 属累品第二十二

 釈尊は地涌の菩薩に末法の付属をされ、つぎに、一切の菩薩にたいして『法華経』を付属されます。釈尊は多宝塔の会座から起立し、右手にて菩薩たちの頭頂を三度摩で、『法華経』を広めるように説きます。これを「摩頂付属」といいます。『法華経』を信受しない者には余経をもって引導するように説きます。菩薩たちは歓喜して、釈尊の命じるように奉行することを三度誓います。これを「総付属」といい、神力品の「別付属」と区別します。

 この『法華経』の付属の儀式が終わると、釈尊は多宝塔より出でられ、宝塔の扉が閉められます。開塔のために来集した分身の諸仏も本土に帰られます。「二処三会」の会座は虚空から霊山に戻ります。多宝仏は『法華経』の説法が終わるまで在住します。薬王品から厳王品までは「化他流通」、勧発品は「自行流通」となります。

―主要経文―

「如是三摩諸菩薩摩訶薩頂」『開結』五〇七「摩頂付属」

「此法華経使得聞知為令其人得仏慧故若有衆生不信受者当於如来余深法中示教利喜」『開結』五〇八

「諸菩薩摩訶薩衆如是三反倶発声言如世尊敕当具奉行」(『開結』五〇九

爾時釈迦牟尼仏令十方来諸分身仏各還本土而作是言諸仏各随所安多宝仏塔還可如故。説是語時十方無量分身諸仏坐宝樹下師子座上者及多宝仏竝上行等無辺阿僧祇菩薩大衆舎利弗等声聞四衆及一切世間天人阿修羅等聞仏所説皆大歓喜」(『開結』五〇九頁)「分身各還本土」「宝塔閉扉」「霊山会」

◇ 薬王菩薩本事品第二十三

 薬王菩薩は過去世に一切衆生喜見菩薩として、日月淨明徳仏から『法華経』を聞法した恩を報ずるため、臂を焼いて供養した因縁を説いています。これを「捨身供養」といい、薬王菩薩はこの苦行により、現一切色身三昧を得ます。釈尊は薬王菩薩の往事を説いて、『法華経』を修行する行者を勧奨します。

 釈尊は『法華経』を受持する者の功徳を称歎し、「十喩」をもって『法華経』が諸経の大王であり最勝の教えであることを説きます。また、十二の喩えをもって『法華経』の利益を説き、「五五百歳」の滅後末法の始めに、『法華経』を弘通すべきことを説いています。

十二の喩えとは、渇乏の者が清涼地を得るが如く、寒き者が火を、裸の者が衣を、商人が主を、子が母を、渡りに船を、病に医師を、暗に燈を、貧しきに宝を、民が王を、賈客が海を得たるが如く、炬が闇を除くが如く、この経は生死の苦縛を解脱せしめる」をいいます。

―主要経文―

又如大梵天王一切衆生之父此経亦復如是一切賢聖学無学及発菩薩心者之父」『開結』五二三「第七喩」

如仏為諸法王此経亦復如是諸経中王」『開結』五二四「第十喩」

「我滅度後後五百歳中広宣流布於閻浮提無令断絶悪魔魔民諸天龍夜叉鳩槃荼等得其便也」『開結』五二九「後五百歳・広令流布」

此経則為閻浮提人病之良薬若人有病得聞是経病即消滅」『開結』五二九「妙法五字」

◇ 妙音菩薩品第二十四

 釈尊は光明を放って東方世界を照らすと、淨光荘厳国に淨華宿王智如来と弟子の妙音菩薩がおり、妙音菩薩は浄華仏の命を受けて、禅定に入ったまま霊山に現れます。妙音菩薩は釈尊・多寶仏・文殊と相見します。

 これを見た華徳菩薩は妙音の本事を問い、釈尊は、妙音菩薩は雲雷音王仏のときに、諸々の供養をされ徳本を植え、現一切色身三昧を証得したことを明かします。

そして、今は浄華仏の国において神通力を得たことを説き、処々の諸々の衆生のために「三十四身」を現じて、『法華経』を説いて救護していると説きます。つまり、妙音菩薩は人々を救済するために、さまざまな姿に変身して救済している実態を示されたのです。この説法を聞いた会中の者は現一切色身三昧を得ます。妙音菩薩は浄華仏の命を果たして本国に帰ります。

―主要経文―

「是妙音菩薩能救護娑婆世界諸衆生者是妙音菩薩如是種種変化現身在此娑婆国土為諸衆生説是経典於神通変化智慧無所損減」『開結』五四三「三十四身」

◇ 観世音菩薩普門品第二十五

 無尽意菩薩の問いにたいし、釈尊は西方の観世音菩薩の名前の由来を明かし、娑婆世界における観音の救済を説きます。観音菩薩は衆生を引導するときに、現一切色身三昧により娑婆に來至し、三十三身を示現します。

 観世音の名前の由来は、観世音の名号を唱えれば、その音声の聞こえる場に応じて、あらゆる手段をもって衆生の苦患を救ってきたと、その理由を説きます。そして、観世音の名前を一心に唱えれば必ず救済することを、身・口・意に分けて示します。

つまり、「口に観音の名号を称えれば、火難・水難・羅刹難・刀杖難・鬼難・枷鎖難・怨賊難の七難を逃れることができる。意に観音を念ずれは貪・瞋・癡の三毒を離れ、身に観音を礼拝すれば二求両願を満足することができる」と説きます。(三毒七難)。観音菩薩は娑婆世界にあっては、三十三身に応現して教化していることを無尽意菩薩に答えます。

そして、観音菩薩は無畏を施し安穏にさせるので、「施無畏者」と号することを説き、あわせて、仏の神力や慈悲はこれよりも広大であることを示し、『法華経』の流通を勧めています。無尽意菩薩は観音菩薩を供養するため宝珠を捧げ、観音菩薩はこれを釈迦・多宝の二仏に分け供養します。西方教主の阿弥陀仏の脇侍である観音菩薩は、『法華経』の会座に詣でて本釈尊師の徳を称えます。そして、観音菩薩の威神力の恩徳は二仏にあることを大衆に示したのです。

―主要経文―

若有国土衆生応以仏身得度者観世音菩薩即現仏身」(『開結』五五二頁)「普門示現・三十三身」

「是観世音菩薩摩訶薩於怖畏急難之中能施無畏是故此娑婆世界皆号之為施無畏者」(『開結』五五五頁)「施無畏」

◇ 陀羅尼品第二十六

 二聖(薬王菩薩・勇施菩薩)・二天(毘沙門・持国天王)・十羅刹女は、末代悪世に『法華経』を弘通する者を守護することを誓います。このとき、それぞれが陀羅尼咒を示し、『法華経』を受持し、この咒を唱える者を擁護することを説いています。とくに、法師を侵犯し毀謗する者は、仏を信毀することと同じであるとして、厳しく断罪し行者を守護することを誓っています。

陀羅尼とは邪悪を遮断し善行を修する力を持つことで、総持と訳し「咒」として表されます。この「五番神呪」の咒文は、そのまま音で表記されています。

釈尊は『法華経』を受持し供養する者の功徳が甚大であること、『法華経』の持経者を擁護すべきことを十羅刹女・鬼子母尊神に命じられています。

―主要経文―

「世尊是陀羅尼神呪六十二億恒河沙等諸仏所説若有侵毀此法師者則為侵毀是諸仏已」『開結』五六五「薬王菩薩」

世尊是陀羅尼神呪恒河沙等諸仏所説亦皆随喜若有侵毀此法師者則為侵毀是諸仏已」『開結』五六七勇施菩薩」

「世尊以是神呪擁護法師我亦自当擁護持是経者令百由旬内無諸衰患」『開結』五六八「毘沙門天王」

「世尊是陀羅尼神呪四十二億諸仏所説若有侵毀此法師者則為侵毀是諸仏已」『開結』五六八「持国天王」

若不順我呪悩乱説法者頭破作七分如阿梨樹枝如殺父母罪亦如壓油殃斗秤欺誑人調達破僧罪犯此法師者当獲如是殃」『開結』五七一「十羅刹女・鬼子母神」

「汝等但能擁護受持法華名者福不可量何況擁護具足受持供養経巻」『開結』五七一)「受持功徳」

◇ 妙荘厳王本事品第二十七

 過去世の光明荘厳国に雲雷音宿王華智如来がおり、このとき外道の信者であった妙荘厳王と、仏に帰依していた、その浄徳夫人と浄蔵・浄眼の二人の子供がいました。二王子は六波羅蜜を習得し、浄眼菩薩は法華三昧、浄蔵菩薩は離諸悪趣三昧に通達し、夫人は諸仏三昧を得ます。二人の子供は父王を引導するために種々の神変を示現します。

父王は二子の神力を見て、ついに雲雷音宿王華智如来の教化を受け、沙羅樹王仏となる授記を得ます。王は王位を弟に付して、夫人や二子をはじめ後宮の従者など皆が出家します。そして、八万四千歳の間、『法華経』を修行し一切浄華荘厳三昧を得たことが説かれています。

 このときの妙荘厳王は浄華菩薩であり、浄徳夫人は荘厳相菩薩、二人の子供は薬王・薬上菩薩であることを説きます。そして、この厳王品を聴聞した八万四千の人々は法眼浄を得たと説いています。

 釈尊は本品において厳王たちの過去の本事を説いて、『法華経』の教えに難値難遇を示し、この『法華経』との縁を結ぶためには相互に善智識となることを説いています。本品には子供が親を改心させたことが説かれています。つまり、化他行とは親子などの上下を越えたことを示し、末法の『法華経』の流通を促したのです。また、持経者を守護することも加味されています。

日蓮聖人が池上兄弟に勧めた父親の改宗(『兄弟鈔』九二八頁)や、『下山御消息』(一三四四頁)にみられる親子関係、また、富木氏と主君の千葉氏とその子息たち(主君の千葉頼胤の長男宗胤、二男胤宗、長女亀姫に建治2年8月に御本尊を与えています)、四条金吾が主君に仕えること(『頼基陳状』一三五五頁)などに、本品の教えが反映されています。

―主要経文―

仏難得値如優曇波羅華又如一眼之亀値浮木孔而我等宿福深厚生値仏法」『開結』五七八

「此我二子已作仏事以神通変化転我邪心令得安住於仏法中得見世尊。此二子者是我善知識為欲発起宿世善根饒益我故来生我家」(『開結』五八一頁)「善知識」

◇ 普賢菩薩勧発品第二十八

 普賢菩薩は東方の宝威徳上王仏の国より娑婆世界の霊鷲山に来て、釈尊を礼拝し『法華経』の聴聞を願います。釈尊は普賢菩薩の願いに応じて重ねて『法華経』を説きます。これを「再演法華」といいます。

 釈尊は「四法成就」の教えを説きます。「一には諸仏に護念せられ、二には衆の徳本を植え、三には正定聚に入り、四には一切衆生を救う心を発す」。この四法を成就すれば『法華経』を得ることができると示しました。

これを聞いた普賢菩薩は、末世悪世に『法華経』を受持する者を、守護することをのべます。魔や夜叉など受持者を悩ます者から護ると言上します。そして、六牙の白象に乗って姿を見せ示教利喜することを誓い、咒を示して唱える者を守護することを説いています。この咒文を普賢咒といいます。

 勧発品は薬王品から厳王品までの化他の流通を勧奨したのに対し、本品は『法華経』を信受する自行の者を守護することが説かれています。とくに、「後五百歳」末法に視点をあて、『法華経』を受持する功徳と、反対に信受する者を軽毀すると悪重病になると説いています。『法華経』を謗る者の罪報を説いて、信心を勧めたのです。

日蓮聖人は『呵責謗法滅罪鈔』に、佐渡流罪に当たり四条金吾にたいし、自己の罪業をのべるなかで本品を引用されています。

「五逆と謗法とを病に対すれば、五逆は霍乱の如して急に事を切る。謗法は白癩病の如し、始は緩に後漸漸に大事也。謗法の者は多は無間地獄に生じ、少しは六道に生を受く。人間に生ずる時は貧窮下賎等、白癩病等と見えたり」(七八〇頁)

と、勧発品の説示は、末法において『法華経』を謗る「謗法」として、日蓮聖人はとらえています。

本品を説いたときに無量の菩薩は施陀羅尼を得たと説いています。本品が説き終わると一切の会衆は歓喜します。そして、仏説を信受し釈尊の仏足にいたるまで、その尊姿を礼拝して霊山を去ります。ここに『法華経』の会座が終了します。
―主要経文―

「於後五百歳濁悪世中其有受持是経典者我当守護除其衰患令得安穏使無伺求得其便者。若魔若魔子若魔女若魔民若為魔所著者若夜叉若羅刹若鳩槃荼若毘舎闍若吉蔗若富単那若韋陀羅等諸悩人者皆不得便」(『開結』五八九頁)「後五百歳」

於如来滅後閻浮提内広令流布使不断絶」『開結』五九四

「如来滅後後五百歳」『開結』五九六

○観普賢菩薩行法経

本経は賓(けいひん)国沙門曇摩蜜多の訳四四二年)にて、一巻から構成され品名はありません説処は『法華経』を説き終わって、拘尸那城に行く途中の毘舎離国大林精舎重閣講堂で、釈尊の入滅の三ヶ月前になります。『法華経』の結経となっています。

 釈尊から入滅の時期を告げられた阿難・迦葉・弥勒などは、釈尊滅後の修行について問います。ここまでが序分です。釈尊は『法華経』を専心に受持することをのべ、普賢菩薩を観じて罪障を懺悔する法を説きます。これを、「普賢菩薩観」・「六根懺悔法」といいます。ここまでが正宗分となります。この懺悔法を修した得益を説くのが流通分です。

『法華経』の行者の「自誓受戒」の作法と、出家・在家の懺法(滅罪)について、具体的に説き、この教えを阿難に付属して、観普賢経は終わります。

―主要経文―

「此大乘典諸仏宝藏十方三世諸仏眼目出生三世諸如来種持此経者即持仏身即行仏事。当知是人即是諸仏所使諸仏世尊衣之所覆諸仏如来眞実法子汝行大乘不断法種」(『開結』六一五頁)「一念三千の仏種」(『観心本尊抄』においては「法種」を「仏種」と表記して一念三千仏種を明かしています)

「此方等経是諸仏眼諸仏因是得具五眼仏三種身從方等生是大法印印涅槃海如此海中能生三種仏清浄身此三種身人天福田応供中最其有誦讀大方等典。当知此人具仏功徳諸悪永滅從仏慧生」(『開結』六三六頁)

「一切業障海皆從妄想生若欲懺悔者端坐念実相衆罪如霜露慧日能消除是故応至心懺悔六情根」(『開結』六三八頁)

「若王者大臣婆羅門居士長者宰官是諸人等貪求無厭作五逆罪謗方等経具十悪業是大悪報応墮悪道過於暴雨必定当墮阿鼻地獄」(『開結』六四六頁)「謗法堕獄」