26.たばこの投げ捨て

 日曜日、お檀家参りで車の運転をしていると、山でも海にでも入っていけそうな車が私の前に走っていた。
 札幌は久しぶりに暖かったので窓から手を出して、タバコの灰を車外に捨てながら走っている。
 運転者は私と同年代にみえる。吸い終わったたばこをどうするか気になったが、信号がかわって先にいってしまった。

 高速道路でも投げ捨てをよく見る。火をつけぱなっしで平気で捨てられている。夜間は火の粉が飛び散るのがよくわかる。
 マナーの問題であるが、自分の家の前では捨てないらしい。
 車の灰皿が汚くなるから使わないという。面倒だから外に捨てるということだ。
 とにかく、やめてほしいですね。えっ!「罰金を取られるところでは止めている」。

 平成に入ってタバコをやめたから、もう大分たつ。
 はじめはやめるとは言わず、休んでいると言っていた。3年くらいは指にニコチンの匂いが残っていて手を合わせるたびにたばこの懐かしい匂いがしていた。やがて歯の裏に付いていたヤニもとれはじめた。呼吸も楽になった。体の調子もよくなった。
 しかし、太ってしまった。

 子供ができて思ったのは、たばこを止めて良かったということ。
 そして、反省したのは、赤ちゃんや子供のいるところではタバコを吸ってはいけないということ。
 今は喫煙コーナー、禁煙席などが設けられているので、注意をすることができるが、少し前までは迷惑をかけていたと思う。
 禁煙席のない食堂で子供の顔にタバコの煙がきてイヤがっているのを見ると、私の過去の無神経だったことを思う。
 わからない人には教えてあげるべきだ。
 ただ、逆切れのあることを考えて、優しくお願いすべきか。
 車の投げ捨てはどうしょう。
 サンルーフの隙間から火のついたタバコが投げ捨てられることもある。
 そんな時も仏教者は微笑みながら、迷惑だよと諭さなければならないであろう。
 怒ってはいけない。相手を慮る慈悲なのだ。
 法華経の不軽菩薩は相手の尊さを拝んだ。誰でもが心がけで善人になれるからだ。
 そう思っていたところで、檀家さんの家に到着。さあ、ガンバロウ。
 合掌