93.本当の仏教は法華経                 高橋俊隆

釈尊が教を説かれたから、仏教はみな同じと思いがちですが、50年という長い間の教えには違いがあります。 

釈尊はそれを、「人々のそれぞれの性格や欲望が違うので、その人々を導くために様々な教え方をされた」 と、『無量義経』(法華経の開経)に説いています。

 私が小学校に入学したころは、自分の名前を漢字で書ける子供は少数でした。ひらかなは覚えさせようという穏やかな時代とも言えるのでしょうか。学年にしたがって習う漢字が多くなってきます。つまり、釈尊もそのように仏教を教えていかれたということです。

 たとえ話しで、父親に背いて去った子供と数十年後に再会しますが、子供は親の顔さえ忘れ疲れ果てた姿になっていました。親は人目見て我が子と知ります。その子をまず下働きから雇いいれ、年数をかけて家業を教えます。そして、大事な金庫番を任せられるようになり、親は大勢の人を集めて、はじめて私のもとを去って行った実の子であることを明かし、家業を継がせたという内容です。(法華経の信解品)

 私たちも同じではないでしょうか。本当に大事なこと、遺言としてこれだけは言っておく、ということがあります。それは本当の真実と思います。

 釈尊は72歳から法華経(『妙法蓮華経』)を説き始められます。それまでの42年間の教は法華経を説くための教えでした。法華経を釈尊の本心の真実の教ということに対し、人々を導くための方便の教とされます。

 地球には黄河やナイル川、アーカンザス川、北海道には石狩川など、大きな河から小さな川まで数え切れないほどあります。それらの川は大西洋や南シナ海などに流れいり、一つの地球の大海となります。法華経はそれらの全てを含み最も尊い真実を顕した教えと、釈尊が自ら説かれています。ですから、本当の仏教の教は法華経をもって解釈しなければならないと言えるのです。