104.御前さまに見透かされて

年齢が50代くらいになった、お寺の住職を御前さまといいます。妙覚寺にとって御前さまというのは、中山法華経寺の奥の院の東日教上人のことを指していました。

 それは、尼さんたち弟子が御前様と呼んでいたので、そのまま札幌に来てからも、そう敬称されていたからです。はじめは、御前さまというのは一人しかいないと思っていたので、ほかのお寺にいき住職のことを御前さまと呼んでいたのには、いつも、東日教上人が来られたのかと思ってビックリしていました。

 いつしか、私も御前さまと他寺の修徒さんたちから呼ばれるようになりました。私が中山法華経寺に入り2年ほどして東日教上人が遷化されました。この2年のあいだでも、いくらかお話をうかがえたことが幸せでした。

 その当時は見ることが、すべて常人とは違うので仙人を見ているようでした。話の内容も難しいことばかりで、理解できないのを、言葉だけは覚えておこうと暗記することを心がけました。

 聞いた言葉は、おりに触れ思いだします。また、歩いている姿や、こちらを見ている視線、お経の声、ご祈祷の様子が懐かしく思い出されます。

 そのころ、理解できなかった言葉の意味が、ようやくわかるようになりました。もう10年ほど前にわかればよかったと思っています。その当時は私が反発するような意見だったのですが、今は御前さまの言った通りなのかと思うようになりました。

 「人間と言う者は信用ができないが、その人間から信用されるようになれ」

 「檀家を甘やかしてはならない。いつも緊張させておくように」

 御前さまは、半分は人間や信者についての話しで、これも、よく理解できないことばかりでした。あとの、半分は修行と法華経のことでしたが、その意味がわからないので、師匠の尼さんにお聞きしていました。私をかりて尼さんに話を伝えていたように感じます。

 私は信仰があって良いと、御前さまからも尼さんからも褒められました。そのあとに続いた言葉をかみしめているのが、今の私です。御前さまは亡くなられるまで、昼夜に関わらず修行を重ねていました。

 「丑三つ時に行をするように」

と言われましたが、18歳のときにはムリだと、簡単に割り切ってしまった心中を見て、御前さまが優しく微笑んだのが、私にとっては恥ずかしさと悔しいことでした。