114.よろこび

 法華経の教えは、私たちが住むこの地球を大切にすることです。私たちの幸福はこの地球上に実現することだからです。そして、人を大切にすることです。

極楽・浄土は私たちが生きているこの娑婆に実現できるのです。娑婆は穢土だからと言って捨て去ってはいけないのです。人にたいしても恨みや憎しみをもたせることは、罪を作ることになります。簡単に恨みが消えるものでしょうか。それで「仏になれる」のでしょうか。

「穢土というも、浄土というも、土に二つの隔てなし。

 我らが心の、善悪によりて候なり。

 仏と言うも、凡夫と言うも、二つの隔てなし。

 悟る時を仏と言い、迷うときを凡夫と言う」

 法華経の寿量品は、釈尊の住む浄土は、この娑婆にあると説いています。人は罪を償うために懺悔をし、仏道修行をすることを説いています。そして、その功徳について説き示されています。

 昨今は領土問題が報道の中心となっています。現政権の解散も近いとネットにあります。東日本の現況は一向に良くなっていません。原発の問題や年金などの生きていくことへの不安は解消されない状態です。これは、私利私欲に走っているからです。「自行利他」という、他人の幸せをまず最初に考えるという、法華経の教えをもたなければ、いつになっても打開できないのが人間なのです。信仰が必要な理由がここにあります。

 オリンピックに感動しているうちにも、刻々と時がながれ、メダリストだけがクローズアップされています。成績がふるわなくても、日本を代表した選手に拍手を送りたいものです。五輪ドクターの小松裕先生は、医者としての技術はとうぜんのこととして、人間としても選手と共に同じ目的をもち、仲間となって心を支えています。「みんなが幸せに元気になる」ために、選手の裏方として活躍していたのです。

 人間はみな自分をみがくために努力し、そして、皆をサポートするために努力することが大事です。これが「自行利他」です。私を支えてくれる人がたくさんおり、私もたくさんの人を支えてあげる。その喜びが人間のほんとうの喜びなのです。      合掌