53.あなたのお祖師さまは?

 今日は12月27日。午後6時。少し手が空いた。まだ用事はあるがこのHPが気になっている。
 尼さんが健在のころは今より忙しかった。木札も羽織かけ水引きをおこなっていた。掃除や除雪など、元旦の熱湯祈祷の緊迫感があった。特に尼さんは手にキズををつけないよう配慮されていた。熱湯のなかに手を入れたとき、キズの部分がはれあがるからだという。
 御宝前のお花をたてられるとき手袋をされていたのが印象に残る。正月は松を飾るので注意されていたのだろう。お寺の裏に松の防風林があり、その松を切って御宝前にたてていた。その頃は3〜4mだったが今は本堂よりも更に高くなっている。カンジキを履いていったのだから、雪は多かった。
 師匠からの教えは日常の生活のなかにあったと思う。尼さんから秘法を教わっていないと思っていたが、最近、私が体得できていないことだったと思うようになった。
 ダイバダッタ品に釈尊が過去世にアシ仙人に千年という長い間ご給仕をされてことが説かれている。身の周りのお世話をしていたが、何も教えを受けなかった。釈尊は心(情)のなかに妙法を持っていたから疑問をもたなかったという。
 しかし、師の行往座臥のなかに教えがあったと思う。
 私も尼さんの日頃の生活に僧侶のあるべき姿を教えられていたのだと思う。
 特に精竜の滝の道場があったのは有難いことであった。納骨堂のお祖師さまは、精竜の滝に安置されていたお祖師さま。亡くなられた方にお経を参らせながら、つい陀羅尼品に力が入る。納骨堂の方々はほとんど精竜の滝を知っている人だから、その頃の気合でお経を上げましょうと、つい思う。
 昔、汗を流して尼さんとお題目をお唱えし、必死にお経についていった自分を取り戻す瞬間である。寺の中で育った稚魚の本能がそうさせるのだろう。否、そう師匠に仕込まれていたのだろう。

 尼さんの信念は「お祖師さまならどうされるか」という視点にたつことであった。
 お祖師さまに忠実を誓う。
 それにはお祖師さまを知らなければならない。
 御遺文を拝読するのは、どのように行動すべきかを学ぶことである。
 学び行なう。これが行学である。
 日蓮聖人はいつどこでお生まれになったか。なぜ清澄寺で開宗されたのか。三大誓願とは。佐渡に流罪されたのはどうしてか。身延山にお参りに来た老婆になぜ会わずに帰したのか。小湊の大尼には自分も親もお世話になっているに、なぜご本尊を与えなかったのか。
 私達はお祖師さまの信念を読みとらなけらばならない。
 さて、
 あなたが語りかけられているお祖師さまは、どう答えられますでしょうか。
 正しいお言葉を求めて、
 私も皆様と一緒に励んでいきたい。