55.精竜の滝(8) 緑の服を着た人

 立ち入り禁止になっているため、今はお滝に行けなくなりました。河川工事をしたので道路はすっかり変ったようです。熊の通り道であることは当初から知っていることでしたが平気で歩いていました。
 定山渓を開いた定山和尚がこのお滝近辺に住み亡くなられたとのことです。熊もこのルートを歩いていたのでしょう。
 この近辺は国有林ですので火災には注意を促されており、畑は熊の食料になるため特に匂いのある野菜は制約されていました。。近くの沢にザルカニがいたのが熊の通り道になったと営林署の方から聞いたことがあります。営林署の方は冬もスキーをはいて見回りをされていました。
 冬は竹で編んだ手製のガンジキをはいて道場に上ります。吹雪の日はきつい登山です。雪かきに一日終始します。
 春からは陽気にさそわれ尼さんの季節になります。夏になり草が覆いかぶさる頃のことですが、川を渡ったところにヤマゴボウがあったはずだということで、スコップを持って尼さんについて行きました。場所を探していたときに尼さんが、「お滝にくると私を見ている人がいる」と言われました。怪しげな人がいるのかと考えていましたら、「人というか、全身緑色の人が立って、遠くからこっちを見ている」と言いました。
 これは霊的なことと感じましたので、辺りを見回しました。確かに立っていました。緑色の上下の服で太い横島があります。帽子のようなものも緑で、尼さんを心配そうに見守るように立っていました。私は細い人だなと感じ、尼さんにいましたよと言おうとしたとき、「見るんでない、もう見えなくなるよ」と口早に言われ、一瞬いけないことをしてしまったと思いました。
 案の定、それっきり姿をみることはできませんでした。草の丈は一メートル以上あり、そのなかからヒョットおなか辺りから見えましたので、身長は二メートル以上はあったのでしょう。
 ほんの瞬間のできごとでしたが顔の表情は今でも覚えています。見るんでないという言葉に私と緑の人は目と目があってしまい、緑の人の寂しそうな顔に変ったのを感じながら目をそらしました。
 尼さんは、「もう姿は見せないね」と言って、「お滝に来たときは私を守っていてくれたんだよ」とポツリと言いました。「申し訳ないことをしました」。「いいんだよ」と立っていた方を見、それからあたりをじっと見回していました。
 そのときの尼さんの寂しそうな後ろ姿が、今でも残っています。
 さて、ヤマゴボウは掘っても掘っても根がはり、途中で切れたところで「もういいよ」とニッコリ。中途半端なゴボウを手に、あの緑の人は蛇なのではないか、蛇にしても普通ではないのだろう、見られたらどうしてダメなのだろう、尼さんは見てみない振りをされていたのだろうかと、しょげながら道場に帰りました。ゴボウと同じく苦い思い出。