63.日延法尼の信心

 昨年は、なにとはなく忙しく過ぎました。
 お寺の入り口に駐車場を買うことができたのが、なによりも恵まれたことだと思います。本堂の建設資金を調達しての購入でしたので、そちらの方の積み立てが少なくなりました。
 しかし、妙覚寺の将来を考えますと必要なことであったと思います。
 タクシーに乗りますと、必ず駐車場ができてよかったという話がでます。以前の持ち主さんのことや、その家族のこと、また、近所の方などの様々な好感が寄せられていることがわかります。
 いぜんは、お寺の回りに車を止め、近所の方にご迷惑をかけたことがありました。夏は上り口の道路に雪がないので檀家の皆さんが駐車ができましたが、冬は積雪のため遠慮しなければなりませんでした。
 元旦のお参りや節分などには、車で来れず、運転する人は家に帰るということ状態でした。
 今年は、元旦のお参りも順調で、駐車の心配がなかったことも負担にならかった一つだと思います。
 お寺の周りは坂道なのと、冬は道路が狭くなります。近所の方が駐車に困ったときに使ってもらうようにしています。
 これも大事なことだと思っていますし、それができることをうれしく思っています。

 昨年の1月13日のお参りに、妙覚寺を建てられた日延法尼のお姿を拝見しました。今年はどうでしょうか。日延法尼はいつも私達を見て、お守りしていて下さると思います。
 信心とは、「信じる心」、「心から信じる」と書きます。
 「心」を大事にされたのが日延法尼でした。
 日延法尼がいつまでも私達の心に残っているのは、この心の優しさだと思います。この心に答えられるよう努力しなければならないと思っています。
 日延法尼のお姉さんは、子供のころから働き者だったといいます。あるとき荷物をもって遠方から帰るとき、日延法尼は一人で先までずうっと歩いていき、そこで自分の荷物を置き引き返してきて、姉の荷物をまたそこまで持っていく子供だったいいます。

 弟子としての私達が一番思うことは、妥協をしない人だったということです。
 日常の生活を送る中でそれを感じました。今の時期でしたら雪かきがあります。日延法尼は道路を広く、屏風を立てたように、スケートリンクのように平らに除雪する人でした。時間を忘れて、ただひたすらに何事も行なう、その姿が物を言わない師弟教育だったと感じています。
 来年は私が住職にならせていただいて20年になります。日延法尼が遷化されてそれほどの時間がたったということです。『日蓮聖人と法華経』と題して勉強会用の原稿を昨年の5月から書き始めています。少しずつ、私も落ち着いてきたのかなと思っています。
 日蓮聖人がどのような人生を歩まれたのか、ということを勉強することにより、一層、信仰が深まり、日蓮聖人に近づくように感じます。いっしょに勉強していきましょう。