83.日蓮聖人の曼荼羅本尊(1)−初期信徒の本尊ー 高橋俊隆 |
―初期には曼荼羅はなかった一 これを知る手がかりとして、文応元年(1260年)、日蓮聖人が39歳のときの『法華題目鈔』という著作があります。信徒の南条兵衛七郎に宛てたともいいます。このなかに、 「問云、法華経を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行は何にてか候べき。答云、第一に本尊は法華経八巻・一巻一品・或は題目を書て本尊と可定、法師品並に神力品に見えたり。又たへたらん人は釈迦如来・多宝仏を書ても造ても法華経の左右に可奉立之。又たへたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をもつくりかきたてまつるべし。行儀は本尊の御前にして必坐立行なるべし。出道場行住坐臥をゑらぶべからず。常の所行は題目を南無妙法蓮華経と唱べし。」 と、のべています。 つまり、『法華経』というお経本を「本尊」として、その前にて南無妙法蓮華経と題目を唱えるようにとのべられています。ここに、「題目」を唱えるという唱題の信仰がはっきりとのべられています。 『法華経』とは正式には『妙法蓮華経』のことです。『妙法蓮華経』を省略して『法華経』といっています。ここで大事なことに気がつきます。「南無」とは帰依し崇拝するということですので、すなわち、『妙法蓮華経』という経典に帰依することの表現が、南無妙法蓮華経という唱題であることです。 |
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