86.精竜の滝(10) お滝から剣が飛んでくる

お滝の大祭は春と秋の2回行なわれていました。春は「お滝開き」です。鉄板で作られたご幣束を滝の前面の崖と崖から縄を渡して張ります。5月とはいいましても雪が融けたばかりで、足元は悪く急な斜面ですので、下で見ている私たちは息が止まったかのような緊張で作業を見ています。本間丑蔵さん、内田さん、岡崎寛さん、高子さんたちが、尼さんや後藤さん山野さんたちの指図で、ご幣束の縄を引いたり緩めたりして位置を決め、いつもの木に縄を縛っていました。

ご幣束を掛け終わると祭壇の前にて読経とご祈祷が始まります。尼さんは滝の直ぐ下の岩に立ってご祈祷をされます。足元が滝の水で濡れ苔が生えて滑りやすくなっています。また、足元の下は深い滝つぼで上から落ちてくる怒涛の水量でゴウゴウと渦巻いています。2人ほど尼さんの側で支えながらのご祈祷です。

「秋の大祭」には春に掛けたご幣束をはずします。毎年10月に行ないます。お滝のお参りは毎月8日と18日に行なっていました。8の日は鬼子母神さまのご縁日にあたっていますのでこの日をお参り日と決めていました。

尼さんの体調が悪かったのか、何かの都合で私が「秋の大祭」のご祈祷をすることになりました。精竜の滝道場は昭和50年までですので、おそらくその昭和50年の秋のことだと思います。私は滝つぼまで行く勇気がなかったので、滝へ下がっていく坂道の下のところで、やや高い位置からご祈祷をしました。

この滝で何人もの人が死に、しかも滝の主という十二単の女性と尼さんが法力と行力を命がけで戦わせた滝と聞いているので緊張しますが、もうすでに尼さんと対決がすんで落ち着いていることだから、少々、安心しながらご祈祷が始まりました。天気も良く普段から見慣れている滝ですから、何事もなく無事にすめばいいと思いながら気を抜いた瞬間、滝の中央よりやや上の方から何か光った細長いものがこちらに向かって飛んできます。 (つづく)