5.尼さんの日記より
 精竜の滝を始めてみるまで(5)

 いわゆる修行の積んだバスにある太い声といいましょうか。僧云く「この道は貴女が付けたのか」私「はい」「いいえ」「檀家の方々皆で付けました」、僧「毎日御苦労じゃな」、私「・・・・・」、僧「あそこのあるボヒョウを信じますか」、私「はい」。その時おぼうさんアジロガサを手でチョットあげて笑った様に思う。
 私がはじめて顔を見た其の時どこかで見た様な顔と思いましたが思い出せなかった。僧「10年一昔というが百年一昔か」とひとり言のようにいう。私は足ばかり見ていた様に思う。又、僧「死ねば皆同じ偉いも偉くないもない皆平等じゃ一人一人詮索するじゃない」と言いながら滝の方へ歩く。私は上に登って帰る登りつめてハッと顔を思い出した。とたんにブルブルとふるえ雪の上に座ってしまうようだった。思い出した顔は御宝前におそなえしているガイコツの石と同じ顔だったからである。気を取り直し恐ろしいものを見る様な気持で、少し戻って滝の見える所まで行き覗いてみたが、すでに姿もなくワラジの歩いたあともなかった。
 御宝前に座りがい骨の石を見ながら、なぜお茶を一杯あがって行って下さいと親切な言葉がでなっかたのかと残念に思っています。お坊さんの言われたボヒョウというのは、今より3年前、安藤さんが人のうわさでこの滝で今の定山渓の温泉を探し当てた方が死んでいるらしいとの事で、一本の棒グイを立てて、それには定山坊入寂の地と書かれてあります。書いた方は経王寺の住職で松井上人とのことです。
 それからと言うものは、お坊さんの事ばかり考えさせられて眠られずに何もほしくなく、定山坊という人はどういう人だったのかと水行してもお経を上げても心は定山坊さんのことばかり、そこへうちのお上人が見えたのでこの話をした所、お滝は危険だからお滝へ行く時は誰かつれて行く様にと言うて帰りました。
 その日の夜7時頃(18日)行堂の屋根、それも御宝前の上に大きな石がゴツンゴロゴロと落ちる音がして行堂の前を雪を踏んで歩く足音がサクサクとするのです。
 私とKと耳をすまして聞いてみました。その音がきえた。この行堂は今1メートルも雪があり屋根に石を投げても雪があり、屋根に石を投げても雪で音が出ないものです。
 19日の朝、お滝へ行くと言うとKも行くといいましたが、又、一人で行き水行し着物を着てお経を唱えながら滝つぼを見ていたら、昨日の石の音があるので今日は必ず石が上ると思って一生懸命壽量品を上げていると又、石が水の流れに舞いながら二体上ってきた。
 一体はマッチの大箱より少々小さいのと、もう一体はマッチの小箱ぐらい、大きい方は鬼子母神様のようでもありお不動様のようにも見える。二つを持って帰りお経を上げたところ、私は熱を出して3時間ばかり苦しみました。
 もう、どうしても、気持を発揮させる為には定山渓へ行くよりほかないと思い、20日朝4時に起きてお経を上げ6時に行堂を出て定山渓へ行き定山寺へ着きましたのは9時半。寒修行に出ていたので帰るまで待って、今の住職大淵玉宥上人にお逢いし、今日までの事を一部始終お話をして定山坊さんという方をお聞きしたところ、私とお逢いした方と同じような方、又、定山坊さんは、お不動様を自分で彫刻して大切にしていたとの事でした。
 大淵上人は、定山さんのようだな、宝物があるから見たらはっきりするから宝物殿へどうぞと言われ、お上人に従って入りました。色々ありましたが一番驚いたことは定山坊さんのお顔が行堂のお石と同一である事、体の大きな人で六尺ちかい人との事、定山坊さんの彫刻したお不動様が私の石と同一の事、私の見た法衣が同じ色である事、あまりの不思議にKとただ顔を見合わせて驚くばかり。
 定山坊さんという方は、岡山県の生まれで父は繁昌行弁という僧侶の次男坊で、17歳で諸国行脚の旅に出、名ある霊山を遍歴し高野山で数年修行。コースを北へ北へと取って奥州路に入り伊達公城下町仙台。隣国の庄内東北羽黒山。湯殿山、更に秋田地方を遍歴し故郷を出て十数年をすごし、安政三年津軽の海を越え松前の福山で修行していたが文久元年の春小樽郡張碓村に現れた時は47歳、ここに前後12年をすごし慶応年間のある日、アイヌから春香の遥か山奥に天然の温泉が湧いて川に流れている事を聞き、それこそ自分の求めている霊泉に相違ないと早速山深く分け入り漸く登り着いた所がゴウゴウたる川の流れで、そのすぐそばに湯煙を上げている温泉があったというのです。それが今日の定山渓であり、川は豊平川の上流であります。
 定山坊さんは「まさにこれ仏天の加護、日頃の信仰心願が成就した」と数珠をもみ読終したとの事です。明治4年7月、東久世長官が来遊して定山和尚の名をそそまま採って定山渓と命名されました。
 かくて明治11年の歳の暮れに定山坊さんは新年の松を採りにオンコの山へ行くと言うて出かけたまま消息を絶たれ永遠に知ることもなく今日に至ってますとの事ですが、このオンコの山はこの精竜の滝の近くにあるのです。
 精竜の滝より上ったガイコツの石は今のところ五つあります。定山渓へ行って来てよかったと心から思います。